日出ヶ岳
昔、大台ケ原の日出ヶ岳から大杉峡谷を行ける所まで行ってみようと思って、一先ず堂倉滝を目指して歩いた事がある。ちなみに大杉峡谷に入るのはそれが初めてだった。
登山届けは一応出した。
ビバークする羽目になった時の軽量テントと寝袋、食べ物と水をリュックに積んで、朝、大台ケ原の駐車場を出発する。
堂倉滝には昼前に到着して、そこで見事な滝を見ながら食事を摂った。食事を摂った後に天気が崩れ始めて来た。予報は晴れだったが外れたようだった。
滝を見て満足した事と天候が崩れた事もあって、私はここで引き返す事にした。雨具は当然持っているが、雨の中知らない山道を歩きたいとは思わなかったからだ。日出ヶ岳から堂倉滝の標高差は1000m以上あり、行きは降ってばかりだったが逆に帰りは登りになる。それでも日が暮れる前までには大台ケ原の駐車場に戻れると考えた。先に言っておくとこれまでも、これからも一人も登山者には出会わなかった。
復路の途中、本道からそれた栗谷小屋のそばの湧き水を汲む事にした。水を汲むとその側に道の標識があった。本道に続く道と書いてある。私は道を引き返さして本道に戻らず、その標識に従って本道を目指した。
しかし、それが悪かった。
その標識を立てたのはおそらく栗谷小屋を経営している人なのだろう。途中で道は道ではなくなり、ピンク色のテープで先を示しているだけになった。そのテープを印に先に進むのだけれど、完全に道じゃない崖みたいな所にテープがついてある。しかし随分歩いた後であり、道を戻る気にはなれない。ピンクのテープを印に必死に歩く。そして最終的に辿りついたのは同じ栗谷小屋だった。
どういう事かと言うと、栗谷小屋を利用して欲しい為なのか、そこらじゅうにテープを貼って小屋へ誘導しているようだった。しかもテープとテープの間隔が広いので、辿るテープによってはグルグル山の中をさまよう事になる。
二時間ほど無駄にして、結局、私は栗谷小屋から道を引き返し本道に戻った。
その時にはもう三時過ぎだった。雨は降っていないが曇り空の所為で暗くなりつつある。非常に疲労していたが、足を持ち上げて駐車場に向かう。地図だと堂倉谷から大台ケ原の駐車場まで登りは4時間掛かるとなっていた。夜の7時には到着できる。
しかし、慣れない登山の所為で、私の膝が悲鳴を言い出した。とても痛い。凄く痛い。我慢しながら歩くが最終的に左膝を曲げる事が出来なくなった。
膝を曲げれないと歩くのが難しくなる。杖になりそうな枝(折ってないからね)を見つけ、それを頼りに歩き始めた。途中、途中の看板に「膝のバネを使って歩こう」と書かれているが、「膝にバネなんて入っている訳無いだろ!」と思いつつ山道を登った。野リスが近くまで来たりしたけど、足の痛みで何の感慨も無かった。
心霊体験のような不気味な体験をしたのはここからだ。
シャクナゲ坂を歩いている時、背後から念仏の様な音が聞こえ始めた。もっと正確に言うとホーミーのような気色の悪い音が離れた背後から聞こえ始めた。「みょ~~~~むみょ~~~~~よよ~~ん」みたい音だ。背後と言っても直ぐ後ろとかではない。とは言ってもどれくらい離れているかは解からない。後ろを見ても音の発生源らしきものは確認できなかった。道はうねっている百メートル先を見る事も出来ない。
道で誰にもすれ違っていない事もあって、気味が悪くなった。
気にしてもしかたないので足を進める。
発生源が移動しないなら、自分が先に進めば音は自然と遠ざかる筈だと思った。しかし音は全く離れない。ずっと同じように聞こえる。
気味が悪くて悪くて仕方が無い。膝が死ぬほど痛いので、音の発生源について調べたいとも思わなかった。なにせ歩くことだけで精一杯だったのだ。
必死に歩いても音は付いて来る。それどころか近づいているような感じだった。というか自分の歩みが遅くなっているのだ。普通の人が歩く速度の半分も出ていないだろう。
私はあまりの疲労に座り込んだ。
ここで待てば、音の主の正体も見れるかもしれないと思ったのだ。しかし、音は一定の間隔を置いているかのように近寄っては来なかった。
二十分ほど休んだ後、私は再び歩き始めた。音は再び付いて来る様に後方から同じ音量で聞こえる。シャクナゲ平に到着してもまだ聞こえた。音が聞こえ始めてから、かれこれ二時間近く歩いているのに音量が変わらない。やはりついて来ている。
さらに気持ち悪く思えて必死に前に進んだ。
シャクナゲ平を越えて視界が開くと遥か上方に日出ヶ岳が見えた。この時、急に音が聞こえなくなった。
やった!
そう思った。
ここから日出ヶ岳に登る斜面はさらに急勾配になるけれど道が整備されており、先ほどまでのどれが道かわからないようなテープで方向を示しているだけの山道ではなく、きっちり道となっている人の手が加わっている道が先には続いている。
その道を杖を頼りに登った。
結局、その後、日出ヶ岳まで無事に辿り着きハイキングコースまで戻れた。その時点で完全に真っ暗になっており、私はヘッドランプを灯してトボトボとハイキングコースを駐車場に向かって歩いた。
もう帰れる。あと数十分歩けば駐車場だ。そう思った時、急に靄が立ち始め前方の視界が利かなくなった。しかし足元の道は見えるので先には進むのには問題ない。そう思ったとき背後で再びあの音が聞こえ始めた。
その時、凄く怖かった。足を引きずりながら必死に歩いた。道が平らなので膝を曲げなくても比較的スピードを保ったまま歩ける。
駐車場についても自分の車が見えなかった。駐車場の真ん中に止めていた筈だが靄で先が見えないからだ。
音はまだ聞こえるというか直ぐ近くに聞こえる。でも後ろを見ても見えない。
駐車場の真ん中に向かって早歩きで歩くとやっと車が見えた。それぐらい靄が濃かった。直ぐに車に乗ってエンジンを賭け、駐車場を後にした。
話はそれだけ。落ちも無い。それだけなのだけれど、とても気味が悪かった。
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出典元:山で体験した心霊体験のようなもの
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