富士見平小屋・無人小屋
山には怖い話がつきものだ。
かくいうまきくまもかつてそんな目にあったことがある。
2年前、生来のワーカホリック体質が嵩じて休み返上で働いたあと、もう無理っと休みをとって一人でお山に出かけたときのことであった。
行き先は奥秩父、百名山にも名を連ねる人気の2座だ。ふたつの山の鞍部に心地よい広場があって、小屋がある。週末ともなれば、大賑わいのメジャーな山だ。しかし、幸か不幸か平日である。ひとは少ない。静かだ。
一日目、岩峰の美しい一座をまずは攻略。昼過ぎ、早々に小屋に入ったが、なんと週末以外は無人小屋だと記した貼り紙がある。事前に電話で確認したときには、「寝具は持参、食事は自炊」と言われたけど、そんなあ、管理人がいないなんて、ひとことも言わなかったよおおお。
ま、いっか。今日は何人くらい泊まるのかなあ、いい人だといいなあ、と小屋の前でまったり。ところがほかに宿泊客が現れる気配がない。それなりに登山者はいるのにみな日帰りだ。天場には二組のご夫婦。和気藹々とすごしている。
あー、参ったな。こんな小屋にひとりだんて。無理。ぜったい無理。今日は帰ろうかな。と思っていたら、天場のご夫婦が話しかけてきた。
「大丈夫よー。私たちここにいるし、なんかあったら大声だして、すぐ行くから」
そ、そうね、なんとかなるはず。ありったけのお酒飲んで、がーって寝れば大丈夫。
一人でさびしく炊事していると、小屋の中まで様子を見に来てくれる。
「大丈夫よお。なまじ人がいるより怖くないよ」
そ、そうね。なんとかなるはず。
で、寝た。
自分でもおどろいた。ちゃんと寝られるジャン。
だいぶ寝た(と思ったころ)、小屋の戸がぎーと開いた。
「あれ、天場の人、また様子みにきてくれたのかな、それとももう明け方なの? 起こしにきてくれたの?」
なにも言わずに自炊場から板間への中扉を開ける。ぎー、ばたん。
「え? なんか言うよね。 ふつう。」
ざっざっざっざっざっざっ
足音が近づいてくる。
「あの人のよさそうなご主人ったら私のこと襲いにきたの?」
(ごめんなさい、ご主人。まことに失礼な想像でした。だれが、まきくまなんか、ねえ。)
ざっざっざっ
私の枕元でとまった。
怖くて体が動かない。あまりに真っ暗で何も見えない。
力を振り絞って叫ぶ
「なんですか?」
ヘッドライトをつけてみると、誰も、なにも、いない。
あまりの怖さにしばし呆然となる。
枕もとに用意してあった袋から、ありったけのろうそくを出して火をつける。携帯電話のバックライトもつける。2時だ。なんだよ、これ、丑三つ時じゃん。うそでしょお。
外に出ようかと思うが、恐怖で動けない。
気を紛らすために携帯のゲームを始めるまきくま。人間追い詰められると平静を装うものらしい。
4時、しらじらと夜があけてきた。神様、ありがとう。
今日はもう無理。山登るのは無理。家に帰ろう。と思って支度を始めると意外に体は元気だ。快晴を期待させる明け方の空。
いいや、途中まででいいから歩いてみよう。と思って朝ごはんを作っていたら天場のご夫婦が起きてきた。
「あ、大丈夫だったあ? ふふふ、昨日でたでしょお~」
冗談になりませんから、残念っ! あいまいな笑顔でお返事。
人は、ホントに怖いとき、人には言う気にならないらしい。なのに、なぜか、体はばりばり元気だ。
稜線に出る手前からイワカガミの歓迎をうけご機嫌になってくる。高度感のある岩の稜線を気分よく進む。
頂上には先客が一人。反対側から登ってきたという男性だ。
「どこから登ったの?」
「**小屋からです。昨日はだれもいなくて、、、」
恐怖はあまりになまなましいと、人に詳しく語る気にはならないらしい。
「ああ、あそこの小屋、殺人があったとこでしょ、あんまり気持ちよくないよね」
聞いたとたんにザーッと血の気が引いた。そんなあ。じゃ、あれは、もしかして、そのお……。
私はその手の感性はまったくといっていいほどない。なのに…。あんなにはっきり足音聞いたし、枕もとで私を伺うなにかを感じた。
あれはなに?
帰路、勇気を出して小屋に寄る。
手を合わせ心をこめて話しかける。
「ねえ、あなたも山が好きできたのなら、こんな暗い小屋にいつまでもいないで、お山の上とかさ、気持ちのいいところにいこうよ」
そう、お花の稜線に遊びにいきなさい、そして成仏してね、と一心に祈る。
帰宅して、インターネットで***小屋を検索。ほんとだ、事件があった小屋なんだ。単独女性、小屋番に殺害される。あらためて怖さが増大する。
いま書いていても背筋が寒くなる。いっぽうで、彼女は登山者を守る神様になっているはず。そんなふうに思えてならない。怨念が浄化されて守護神となる。昔の人が繰り返し行ってきたような伝承と信仰の形成が、そのまんま私の心の中で繰り返されていることにも驚く。
でもね、もう一人では泊まりません。
管理人さんのいるところにします。
って、その管理人が怖かったって事件なところが、また悲劇なんだなあ。
(以下別記事)
富士見小屋事件と言っても、知らない人も多いと思います。たぶん今から20年ぐらい前に奥秩父の金峰山や瑞がき山に行く途中にある富士見平小屋で小屋に泊まった女性が強姦された上で殺される殺人事件があったのです。事件からしばらくした後で(ぼんやりした記憶ですが1,2ヶ月後か?とにかく少し経ってから)犯人は捕まったのですが、なんと犯人は小屋の管理人だったのです!! この小屋はバス停の終点から1時間程度の場所にあり、小屋の管理人は市町村からの委託業務の雇われた人だったと思います。
私の記憶だと、この小屋の前をたぶん1ヶ月位前に通過した後に事故が発生したと思います。(あるいは事件は1年後かもしれません)が、自分は1982年の11月23日前後の連休に大学のクラブ合宿で雲取山~金峰山を縦走してきて、あとバス停まではもう少しだと思って歩いていて、トイレが行きたくなって小屋の外にあったトイレに立ち寄ったことを覚えてます。あたりは小春日和の素晴らしいのどかな景色で、紅葉が終わったあとぐらいで落ち葉の一杯の登山道を歩いた良い想い出です。トイレは昔の山小屋なんてどこも綺麗ではなかったので、木の扉が情けない程度のしっかりしていないトイレのイメージだったと思います。よっぽど外でするほうが気持ちがよいでしょうけど、さすがに開放感があって丸見えの地形なんで・・・・。
そんな小春日和の秋の良い想い出の後に事件は発生したので、とてもショックでした。強姦殺人という女性としては許しがたい犯罪です。事件当日に小屋にその日泊まった人は他にもいたようなのですが、トイレに行った女性が戻ってこないということで騒ぎになったのです。事件は12月に入った頃だったような記憶です。翌日あたり遺体は発見されたと思います。最初の発見者が犯人の管理人だったと思います。(このあたりの記憶は不確かです。)
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出典元:まきくま山
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出典元:富士見平小屋事件
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