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信州の避難小屋

信州の避難小屋

信州のそれほど高くない山、A氏は一人で登山中崖から落ちて脚を骨折してしまった
脚を引きずりながら山道を進む。そのうち、だんだん日が傾き夜を迎えた。
暗いなかをこれ以上歩くのはかえって迷うおそれがあり危険だ。
するとすぐ先に避難小屋がみえた。まだ携帯電話もない時代である。後から来る
通行人を待つしかない。とりあえずA氏はそこで一晩過ごすことにした。
日帰りのつもりで来ていたのでろくな装備はない。避難小屋にも備蓄がない。
とりあえず用意してきた非常食をほおばり、新聞を床に敷き、防寒着を布団
がわりに肘枕で寝ることにした。



・・・ふと枕元に目を落とすと汚い大学ノートがある。
よく避難小屋においてある非常時の連絡用ノートだった。
どうせやることもない山小屋の夜である。A氏はパラパラとノートをめくり読み始めた。
「12月23日 クリスマスを自宅で迎えるはずが、途中の山道で迷ってしまい下山出来なくなった。
        レトルトカレーで夕食をすませると寝ることにした」
「12月24日 ホワイトクリスマスになってしまった。雪が激しくて結局戻ってきた。
        それにしても昨日の声は何だったのだろう?遠くの向こうの尾根のほうで
        5~6人が叫ぶような声が聞こえた。時計をみたら深夜2時半だった。」

「12月25日 今日も雪が激しい。それにしてもあの声は何なのだろう?『おーい、おーい』という声
        が小屋から300mほどの山頂から聞こえてくる。それも朝まで叫んでいる。かなり
        大きい声だ。おそらく外を見ればその正体を確認できるかもしれない。しかし、
        この世のものでないだろう。昨日も眠れなかった」
「12月26日 ついに声が小屋のすぐ外で聞こえ始めた。ドンドンドン!と一晩中叩いている。
        『おーい!聞こえてるんだろ!!』5~6人で順番に叫んでいる。時折視線を感じるが
        怖くて見られない。逃げたい・・・逃げたい・・・・逃げたい・・・・・」
「12月27日 やっとここを抜け出す方法をみつけた。峠を右に折れたところに林道があった。
        道沿いに行けば営林所の監視小屋がある。そこまで行けば電話がある。」



ここで日記は終わっている。その後この人物がどうなったかわからない
A氏は思った「どうせ大学生が驚かそうと思って書いているだけだろ」A氏は気にもとめず寝た

・・・・・夜もくれたころ、A氏は目を覚ました。遠くで声が聞こえる。
『ぉーぃぉーぃ』どうやら日記にあった尾根道のほうだ。うなるような低い大人の声、
そう何人かで交互に叫んでいるように聞こえる。ふと時計をみると2時半、
A氏は日記のことを思い出した。結局彼は一睡も出来ず朝まで起きてしまった。
翌日A氏は骨折の脚が膿んでしまい、一歩も歩けなかった。

通りがかりの助けを待ったが来る気配はない。もともと山道から離れた山小屋だったらしく、
朝みるとかなり荒れている。新聞が風に舞い、床が抜けて全体が傾いている。
・・・いよいよ2日目の夜を迎えた。日記のとおり山小屋にずっと近づいた山頂付近から
『おーい!おーい!』と大声が聞こえる。目を閉じるのが怖くて寝られない。
・・・そして3日目、日記のとおりドアをドンドン叩く音。そして『おい!聞こえてるんだろ!!』
『返事をしないと殺すぞ!』『なんで答えないんだ!』と順番にドアをたたきつける音。
A氏は息を殺してじっとするのが精一杯で全く寝られない。
・・・・4日目、A氏はこの日こそこの小屋をでなければいけないと思った。さもなくば殺されるだろう。
膿んでいる脚を縛って、どうにか杖を作り、日記に書かれた監視小屋を目指して歩いた。
脚は骨が飛び出ているほどひどく、時折激痛におそわれ休み休み進むことになった。
尾根道にそって目指す峠が恐ろしく遠く感じられた。



そうこうしているうち、日が暮れ出す。峠についたころには暗がりの中かろうじて歩ける状態に
なった。はたして峠には林道がつながっていた。尾根の反対側であったため見えなかったのだ。
その林道沿いに「監視小屋」を目指す。すると小屋のほうから例の大声が聞こえ始めた。
『おーい!おーい!』『いないのか!おーい!』『ちくしょー!逃げやがった!』
その声はもの凄い怒鳴り声で夜の山に響き渡った。
たちまち声の主はA氏を追ってきた、A氏が朝までいた小屋といまいる林道の間には
深い断崖絶壁がある。しかしこの世のものとは思えない早さで谷を降り、また谷を駆け上がってきたのが
分かる。『待て!そこを動くなぁ!!』徐々に声が近づいてくる『殺してやる!』
A氏はもう無我夢中で逃げ出した。骨折の脚も気にせず林道を走るように駆け下りる。
遠くに明かりが見えた「監視小屋だ!」もう脚の痛みなど気にせず一気に小屋に駆け込んだ。

小屋に入るとパタリといままで追ってきた雄叫びは消えた。
A氏は小屋に入るといままでの脚の激痛がぶりかえしたのか、その場でうずくまった。
痛みにこらえながら再び顔を上げると、目の前に小がらな昔の猟師風のいでたちの男がいた。
「よく逃げてこられたな」「・・あなたは誰なんだ?」
「おまえ、前の小屋で日記見たろ?」「ああ」
「おれはその日記を書いたものだ。ここで逃げてくるヤツを食うためにな!」


 
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