蝶ケ岳の指導霊
私がまだ小学校高学年だった頃の夏休み、若い頃山登りが趣味だった父の発案で、両親、姉、私の家族四人で山荘に宿泊する予定で、北アルプスの蝶ケ岳登山に出掛けました。
私の父が立てる旅行プランはいつも強引で、一度決めたらやり遂げたい父の性格のせいなのか、多少天候が悪くても予定を立てた以上は必ず決行されました。
一度などは台風が来ているのを知りながら上高地へ行き、通行止めに合い、タクシーの中で一晩過ごしたこともありました。
その蝶ケ岳の登山も登り始めた時は晴れていましたが、途中から天候が悪くなることは家族4人わかっていましたが、誰も父を止められず無理やり決行された登山でした。
そんな天候のためか他に登山する人もおらず、家族4人、獣道のような道をひたすら登っていきました。
天候はやはり徐々にあやしくなってきました。
子供心にもう帰りたいと思ったものです。
途中で出会った男性は下山するところで、「今日はもう下りた方がいいよ。」と言ってくれたのですが父は聞き入れず、そのまま登山を続けることになりました。
そのうち、父が足を痛め何度も休憩しながら登るはめになっても、父は決して「下りよう。」とは言ってくれませんでした。
だんだん雲が増えてきて、林の中の道にはもう陽が届かず、薄暗くなってきました。
父の足のせいで、歩くペースもどんどん遅くなっていきます。
日が暮れるまでに山荘につかなければ、ランプを持っていない私達は遭難してしまうかもしれません。
林を抜け、少し明るい場所に出た時、ついに雨が降り出してきました。
ほっとしたのもつかの間、いままであった、道に迷わないよう木に縛り付けてあった赤いリボンが見当たりません。
周りは雑草が高く伸び、(もう道がわからない。)先頭を歩いていた私がそう思った時、目の前に洋服ではなく、着物の生地でできた上着とズボンを身に着けたおじいさんの後ろ姿を見つけました。
「人ではない。でも、この人についていけば大丈夫。」その後姿を見た瞬間そう思ったのを覚えています。
後ろ姿しか見ていないのに、私にはその人がどんな顔をしているのか不思議とよくわかりました。
私は迷うことなく雑草を掻き分け、その男性の後を着いて行きました。
姉が後ろから不安そうに「こっちで大丈夫なの?」と声を掛けてきましたが、確信を持っていた私は振り向くことなく、ただひたすらに背中を追って歩きました。
そして赤いリボンを見つけることができました。
その瞬間、その男性は消えていました。
後で姉が「まるでリボンがある場所を知ってるみたいに歩いて行ったね。」と私にそう言いましたが、信じてもらえないと思いその男性のことは話しませんでした。
せっかくリボンを見つけたのに、雨と風が強くなってきた上に父の足が限界ということで下山することになりましたが、男性のおかげで遭難せずに済みました。
翌日、食事に入った店にその男性にとてもよく似た男の人の写真が飾ってありました。
その人は昔、この辺りの登山客の道案内をしていた人だったそうです。
助けてくれたあの男性が今は亡きその人だったのか真相はわかりませんが、人ではない誰かが私達を助けてくれたのは確かです。
彼が現れてくれなければ、私達家族はいまここにいなかったかもしれません。
家族も知らない不思議な体験ですが、私は一人いまでも感謝しています。
(追記:蝶ヶ岳のとある山小屋)
以前・・・もう、20年くらい前だろうか。
北アルプスの蝶ヶ岳に登って、とある山小屋に泊まった時の事。
夕食も終わり広間で酒を飲みながら他の客と歓談中に起こった。
数人が「尾根で誰かが迷ってるぞーっ!」と騒ぎ出したんだ。
自分も入れた周囲の者が其処へ行くと、確かに真っ暗な外の景色に1つのライトの灯りがフラフラとしてるのが分かった。
小屋の主人に伝えに行った者が戻ってきた早々に話すには、『また出たのか・・・あれは遭難者なんかじゃないから』と主人。
数人がライトを手に灯りの方へ小屋を出たのを見てたんだが、迎えが近付くと相手が遠ざかる。
声を掛けながら近付くのに、相手は一向に来ようとせず遠ざかる。
結局、出た連中が呆れた表情で小屋に戻ってきた。「迎えに行っても来ないし、一体何なんだよ~(怒)」とね。
そこに主人が現れて皆にこう言ったんだ・・・
“ホラ!見て見てみな! 相変わらずフラフラしてるだろう?アイツはこの時期にいつも出るんだ。迎えに行っても決してこっちに来ようとしない。初めて出た時にゃ、オレが迎えに行ったんだ。でもこのザマだ。一晩中フラフラして、いつの間にか消えるんだよ”
最後にこう付け加えた。
“明日朝、灯りが居た場所を見てごらん・・・”と。
朝になり皆で「ソコ」を見て驚いた。登山道があると思い込んでた「その場所」はハイ松地帯で、人が通る道筋など何も無かった。
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出典元:遭難から救ってくれたのは、人ではない男性だった