ヤラセ疑惑イッテQ日テレvs文春でイモトの登山部もヘリコプター疑惑に!?

イモト イッテQ 登山部 やらせ


①ヤラセ疑惑イッテQ日テレvs文春でイモトの登山部もヘリコプター疑惑に!?




まやまブログ

世界の果てまでイッテQ!

イモト登山地球最後の秘境ギアナ高地を
2019年1月6日(日) 19:00~20:54 日本テレビ
世界の果てまでイッテQ!カレンダー

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イモト登山ギアナ高地2019年1月6日の見逃し配信はこちら↓
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初心者

イモトアヤコ(1986年1月12日)本名は井本 絢子(いもと あやこ)

今回ラオスのお祭りのヤラセ発覚で

イッテQ登山部などすべてヤラセ疑惑につながってしまいかねないですね。

まやまブログ

そうかもしれませんが、

イモトさんの登山の歴史といえば、

キリマンジャロ(2009)

モンブラン(2010)

アコンカグア(2011)

マッターホルン(2012)

マナスル(2013)

キナバル(2014)

エベレスト(2014)

マッキンリー(2015)

アイガー(2016)

ヴィンソン・マシフ (2018)

イモトさんは体力と根性はあります。

ただ、寒さに対して弱いのが問題です。

僕としてはこのような素晴らしい山に

あれだけ優秀なスタッフと一緒に

番組といえど仕事として登れるなどは

夢のようなことです。

初心者

各歴史の山でのイモトさんのコメントは

以下のように言ってましたね。

②イッテQ登山部日テレでのイモトさんのコメント

キリマンジャロ(2009)

イモトアヤコ

しん・・・、しんどかったですね〜、

後半、いや〜、ちょっと感無量っすね・・・、

絶対来たかったんで〜・・・、ちょっとホッとしたのも正直ありますね、

よかったぁ〜来れて、ちょっとホッとしてますね〜

モンブラン(2010)

イモトアヤコ

本当にモンブランは今までの挑戦で一番過酷でした。

というか、もうガチンコ過ぎてコントロールがきかないというか・・・

改めてバラエティーで行く場所じゃねぇと感じましたわ。

アコンカグア(2011)

イモトアヤコ

今回の挑戦は本当に過酷で私にとっての最大のピンチでもありました。

キリマンジャロ、モンブランと立て続けに登り今回もなんだかんだ

自分は登るんだろうと心の何処かで思ってました。

多分見てる方もそう思っているし、そういう方達を裏切りたくないと。

ただそれ以上にどこかで自分が自分にがっかりしたくないという方が

大きかったかもしれません。

結果はあと数百メートルで断念という形になりました。

結果だけみると相当悔しかったのですが、

やっぱり山は難しいなと改めて感じました。

マッターホルン(2012)

イモトアヤコ

無事に登頂することができました。

今回は登る前から不安だらけで登る前日まで色々吹っ切れない状態でした。

前回のアコンカグアが悪天候のため登頂できず、

今回もまた登れなかったらどうしようという

プレッシャーもありました。

現地ガイド、ミハエルのスピードについていけるのか、

高所恐怖症は大丈夫なのか、もう考えれば考えるほど身動きが

とれなくなり逃げ出したくなりました。

けどいざ、登り始めるともう前しか見えないんです。

というか前しか見ないんです。そうしないと自分の弱い心に

負けてしまいそうで。

そして、そうやって前だけをみて頂上に到着した時、

もうめちゃくちゃ気持ちいいんですわ。

そしてどっと安心感が湧いてきて、心から登って良かったって思えたんです。

人生観か変わるとかそういうんじゃなく、とにかく山のてっぺんに

立ったら気持ちいいんです。

マナスル(2013)

イモトアヤコ

10月2日無事に登山部メンバー全員8163mの頂に立つことができました。

今回の挑戦は今までの登山以上に私にとっては

過酷で不安で怖くてつらくて泣きそうなものでした。

エベレスト(登頂断念)(2014)

イモトアヤコ

「今年のイッテQ登山部エベレストチャレンジはここで終わりです」

そうディレクターの石崎さんが発表したとき一体この人はまじめな顔を

して何を言っているんだろうと理解出来なかったのを覚えています。

メラピーク登頂、順応を終え、さあ次はいよいよエベレストだ!という矢先の

信じられないくらい悔しくて涙が止まりませんでした。

けど、心から信頼している山岳ガイドの角谷さんがおっしゃった

「とりあえずホッとしていいんやで」

という言葉に心の何処かにこの結果にホッとしている

自分がいてそれに気付いて、

しかもそれはこうやって沢山の方にサポートしてもらい

応援してもらってるからにはホッとしていけないんだと思っていた分、

この言葉には本当に助けられました。

来年またエベレストチャレンジしたいと思います!

と言葉では簡単に言えるかもしれないけど、正直まだ分かりません。

マッキンリー(2015)

イモトアヤコ

イッテQ登山部全員北米最高峰マッキンリー登頂成功致しました。

約一ヶ月、

NO 電気

NO ガス

NO 水道

NO 電波

のテント生活。

正直、生活面で言えば今までで一番しんどかった

アイガー(2016)

イモトアヤコ

死ぬほど怖かったけど死ぬほど格好いい山でした。

あんな場所でカメラ持って撮って下さったカメラマンさん、

助けてくれたガイドさん、なんだかんだいると安心する石崎さん

色んな人に支えられ怒りをパワーに変え登った登山でした

ヴィンソン・マシフ (2018)

イモトアヤコ

イッテQ南極スペシャル観て下さった方ありがとうございました。

珍獣ハンターイモトにならなければきっと行くこともとより

耳にする事もなかったであろうヴィンソンマシフ。

行くまでの道のり、寒さ、強風、涙の回数、僻地感、

そして応援してくださる方、とにかくすべてが今まででNO1でした。

頂からの景色は今まで登ったどの山とも違う、

雲海の代わりにそこには永遠に続く氷の大地があって、

命がおそらく1つもないであろう恐怖があるからこ

その美しさを目撃したのだと思います。

そして頂からの景色を観られたこと、

映像をお届けできたのは画面には映っていないけど

撮ってくれたカメラマンさん、

そのとんでもなく重い8Kカメラを運んでくださった山男、

何ヶ月も前から準備して下さった制作スタッフがいたからです。

毎度想うことだけど、

やはり山男はどんな時でも冷静で優しくて最強に頼りになります。

技術チームはたくさんご飯を食べて傍で見守ってくれそと

素の私を記録してくれこのチームでないと撮れない映像を

いつも撮ってくれ頼りになります。

制作チームはきっとこの人達には格好をつけたり嘘を

ついたりは出来ないほどむきだしの自分で居られる存在で

頼りにならなそうでとても頼りになります。

こんな登山部の人たちと一緒だったから精いっぱい無理が

できたのだと思います。

おそらくはもう行くことはないであろう地球儀の

いっちばん下のいっちばん高いところに自分の足で

行けたこと改めて感謝です。

Finally 南極大陸最高峰ヴィンソンマシフ登頂。

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いろいろ楽しませてもらいました。

こうして振り返るとイモトさんの成長を思い出します。

世界の果てまでイッテQ!カレンダー2019

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登山装備の選び方(トップ2)
 
 

イモトのWiFi presentsでスマホ禁止のつながらないレストラン

初心者

人気も出ましたよね。

イモトのWifiでスマホ禁止の

つながらないレストランが期間限定で

話題を呼んでましたね。

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NTTドコモのグローバルWiFiですよね。

クリスマス限定で東京の五反田で

スマホを機内モードにしないと

入店できないと聞きました。

会話に集中できるようです。

また、イモトさんにちなんで世界各国の

料理が楽しめるがと話題を呼んでましたね。

ニュースを見ていた限りでは

以下のような感想を話されてました。

利用者

女性・事務職(20代)

スマホを意識しないで会話に集中すると、

普段よりもゆっくりしゃべれるなというのは感じます

利用者

男性・IT業(30代)

スマホが見られない状況なので、

確かに会話が弾んでるかもしれない。新鮮です。

本来は、これがたぶん普通だと思うんですけど…

利用者

女性・教育関係(20代)

緊急じゃないのにスマホをずっといじってたり

するとマナーはあまり良くないのかなと思います

利用者

男性・メーカー勤務(30代)

相手がずっと1分とか触っているとちょっと気になりますね。

「僕と話してよ」みたいな

初心者

ところで、

各歴史の山でのイモトさんは

下山時にはヘリコプターを使っていたのですか?

まやまブログ

実はアイガーとマッターホルンの2つだけです。

ほとんどの山をヘリで下山しているかの

ような言われっぷりを一部では

されているようにも見られますが、これは間違いです。

③登山家野口健さんがイモトさんの下山時にヘリコプター利用への苦言コメント

初心者

登山家の野口健さんが

下山時のヘリコプターには苦言をして

ツイッターが炎上したニュースがありませんでしたか?

まやまブログ

そうでしたね。

9月30日放送の「世界の果てまでイッテQ!」で、

タレントのイモトアヤコがスイスとイタリアの国境にある

アルプスの名峰マッターホルン登頂を果たしことに関して、

アルピニストの野口健さんが自身のTwitter上で苦言を呈している

イモトのチャレンジが放送されたのは30日、

日本テレビ系のバラエティ番組

「世界の果てまでイッテQ!秋のマッターホルン登頂スペシャル」でのこと。

番組内でイモトは、“アルプスのツノ”と呼ばれる標高4478mの

マッターホルン登頂を見事に果たし、そのひたむきな努力で視聴者に感動を与えた。

イモト自身も1日に更新した自身のブログでマッターホルン登頂を報告。

大きなプレッシャーの中でのチャレンジとなったことや、

登山中の苦労話などエピソードをまじえつつ、

「たくさんの方のおかげで登ることができました。

今回のマッターホルンでアルピニストとして一皮も二皮もむけたきがします」と、

達成の喜びをつづっている。

という話題に対してですね。

野口さんのコメントは以下のとおりでした。

野口健

えっ、ヘリを使っていましたか(笑)。

遭難、または体調不良がなければ通常では考えにくい選択肢

野口健

個人的な考え方ですが、山登りというものは自力で下山するところまでが山登り

原則論として自分の足で登った山は自分の足で降りてくる。

達成感も含め山とはそういうものだと僕は思っています

野口健

自力で下山できる技術、体力を獲得してから挑戦すればいいわけで、

重要な事は身の丈にあった山登り。また自らを助ける事にもなる。

下山技術がないが為にヘリ下山を大前提とした場合、

では急に天候が悪化した場合はどうするの?

ヘリはやってこない、自力で下山も出来ない。これこそ遭難です

エベレストはまだ早いんじゃないかな

初心者

一部フォロワーからは、

「ねぎらいの一言もなく、小馬鹿にしたような発言に対して、

受け取る方には違和感がありました」

といった野口に対する非難の声もありましたね。

まやまブログ

野口さんは(笑)で付きで表現したことについては、

彼女の登頂に笑ったのではなく、ヘリを使わなければ

下山出来ないような状況でありながら

それでも片道はやるんだねと、テレビはそこまでやるんだね、

と苦笑したわけと説明してますよ。

初心者

そういう展開だったのですね。

知りませんでした。

まやまブログ

話はかわりますが、

レミオロメン藤巻良太さんは登山写真家に転身していて

野口健さんと対談したニュースは知ってましたか?

初心者

え~、それも知りませんでした。

どのような対談だったのですか?

④アルピニスト野口健さんとレミオロメン藤巻亮太さんの対談

藤巻亮太

世界で一番高い山はエベレストで、健さんは、2度クリアされていて。

登山家の方は、「より難しいルートで、誰も登ったことのない道を」

みたいになっていくんですけど、健さんは、活動の中で自分の人生の

テーマを見つけていらっしゃると思っていて。

かつてエベレストにも、ゴミが多かった時代があったんですよね?

野口 健

1970年代以降はゴミが多くて。

1970年代は欧米隊が置いていったゴミが多かったですね。

1980年代に日本隊がゴミデビュー。

藤巻亮太

なるほど(笑)。笑ってはいけないけど、

そういうことがあったんですね。

野口 健

1990年代から徐々に減ってきて、2000年に入ってから、

韓国・中国隊のゴミデビュー。ゴミを拾っていると、

いろんな国のゴミがあって、その国々の当時の環境意識に

対する度合いがわかる。ヨーロッパだって1960年代は、

環境への意識は低いからね。

日本も、1980年代は今ほど環境問題への意識が高くなかったから。

藤巻亮太

もうバブルで浮かれていた時代ですもんね。

野口 健

今、日本隊のゴミはほぼない。

藤巻亮太

そういう、自然環境に対する意識というのが、ゴミの年代でわかると。

当時、エベレストのベースキャンプで、日本人のゴミに対する意識が低いから、

欧米の登山隊の方に「エベレストをMt.Fujiみたいにしてはいけないよ!」

って言われたんですよね? 当時、トイレ問題もあってね。

野口 健

当時は山小屋のトイレがたまると、栓を抜くでしょ、

タンクから流れてくるのは主に3点セットだよね。

アレとアレとアレね。でもアレとアレは(地面に)染み込むよね。

そしたら紙が残っちゃうの。年間30数万人が登るわけ。

それで、トイレットペーパーが流れてたまっていたのが、

よく言われていた“白い川”。

藤巻亮太

20年前の富士山には白い川があったと。

野口 健

白い川の犯人はトイレットペーパー。これは上空からも見えるんだね。

説明がなければ、雪だと思ってしまうくらい大規模。

その噂を聞いていて、はじめて夏に行ったときに、これが白い川かと言って、

先端は干からびているから、さほど抵抗なくはがせるの。

ちょっと臭いけどね。香ばしい感じのね。

何人かで行ったから剥がして袋に入れていたら、

上からばしゃばしゃとフレッシュなものが流れてきて。

藤巻亮太

えーー。

野口 健

「おー、逃げろ!」とか言って。これが強烈でしたよ。

僕、富士山が汚いっていう印象を持っていなくて。

藤巻亮太

樹海も(ゴミが)凄かったんですよね。

野口 健

亮太さんとは、何回も一緒にゴミを拾っているよね。

藤巻亮太

はい。やらせていただいています。

野口 健

自動販売機とか、ナンバープレートを外したトラックがあったり。

僕のサイトや講演会で流す紹介ビデオには、そのときの映像を使っていて、

僕がトラックを運んだ様子とか、みんなそれを観て、「よし、俺も行くぞ!」と言って、

参加してくれるわけ。でも最近、ゴミがなかなかなくなってきて、

参加者は「ゴミがないぞ!」とか、怒る人がいてね、困っちゃって。

藤巻亮太

(笑)本末転倒の話ですよね。

野口 健

だから清掃キャンペーンをするのが、この18年で意外と難しくなってきて。

藤巻亮太

裏を返すと、大成功しているわけですもんね。

野口 健

そうなんだよね。なんでこんなに参加者に怒られるんだろう。

みんな(ゴミを)拾いたいんだよね。

藤巻亮太

今年、富士山が世界文化遺産になって5年になるんですね。

僕は20年前、ゴミの山だった富士山から世界文化遺産になるまでの、

野口健さんの功績は大きいんじゃないかなと思ってるんですよね。

野口 健

いやいや。

まやまブログ

富士山の清掃活動をライフワークとされている野口さん。

一方で藤巻さんも、富士山への愛はもちろん、近年では、

生まれ育った故郷、山梨への思いが増しているようです。

藤巻亮太

健さんもよく遊びに来てくれたんですけど、

僕の実家が桃と葡萄の農家で、弟が最近、農業を継いだんですよ。

野口 健

弟も思い切ったよね。

藤巻亮太

そうなんですよ。よく決断したなと思うんですよね。

野口 健

お父さんは嬉しいだろうね。

藤巻亮太

父親は嬉しいですよ。今、農業従事者の平均年齢は60代ですよね。

最近実家に帰ると、家族も友達も地元の話をするんですよね。

そうすると農業から見えてくる、地方のあり方もあって。

甲府みたいな街は、地方都市の代表で、

甲府市は県庁所在地の中でも47都道府県で一番人口が少ないんですよ。

野口 健

そうだろうなぁ。夜、繁華街を歩くと、

自分の靴のカツカツという音しか聞こえなくて、ぞっとするときがある。

藤巻亮太

甲府で甲府を盛り上げようと頑張っている方にお話を聞くと、

郊外にモールができて人の動線が変わっちゃうじゃないですか。

だけど裏を返すと、一番衰退が進んでいるから、

ある意味最先端をいってるって考えているんですね。

野口 健

開き直り?

藤巻亮太

そう。ここは、今から全部の都道府県が経験するであろうことを最初に経験している。

だから、どうすればいいかというノウハウを最初に学べるのも僕たちだっていうふうに、

ポジティブに考えている方がいて、その考えがすばらしいですよね。

だから、どうしたらいいのかと言えば、

山梨で言ったらその地元のものを地元で食べたり飲んだりして。

山梨はワインも有名だし、桃、葡萄だけではなくて、野菜も美味しいんですよね。

地産地消を増やしていって、そういう活動でここ何年か、

甲府に活気が戻ってきているんですって。

野口 健

野口:あの甲府が?

藤巻亮太

酷いこと言いますね(笑)。だからそれは、地方の衰退に対する1個のモデルになりうるんですよね。

そういう方の話を聞きながら、ローカルの問題はグローバルな問題と繋がっている。

ローカルにコミットしていくと、世界のことが見てくるんじゃないかな。

よく「フラクタル構造」って言うんですけど、俯瞰で見ても寄って見ても、

けっこう構図は一緒なんじゃないかな。やっぱり僕自身も地元にまずコミットすることで、

経済や文化の成り立ちを学ばせてもらって、それを発信することで、

僕自身の40代の生き方が結構大事になってくるのではないかなと思っていて。

初心者

野口健さんってけっこうおもしろいですね。

まやまブログ

おもしろい人ですが

凄まじい経験もしてますよ。

確かに生きる 落ちこぼれたら這い上がればいい

⑤野口健さん情報(日常生活もままならず…壮絶ヘルニア体験語る)

野口 健

すさまじい音と振動がきて、

一緒にいた4~5人で腕を組み四つん這いになりました。

ふと顔を上げると、雪崩が巨大な生き物のようにものすごい勢いで迫っていました。

2011年、標高6000メートルのエベレストでのことです。

「もうダメだな」と思いました。

そして、「ドン!」と雪崩がぶつかったんですけど、

手前に巨大なクレバスがあったおかげでそこに重い雪が落ち、

舞い上がっていた軽めの雪に巻き込まれたことで、奇跡的に全員が助かりました。

それでも、圧倒的な圧力で流されて雪に埋もれ、

鼻や口に詰まった雪を急いで指でかき出さなければなりませんでした。

首の後ろが少し腫れたものの、生きていられたのは本当に奇跡。

雪崩は氷の塊を含んでいるので、まともに食らったら体なんか簡単にちぎれるんです。

九死に一生を得たそんな体験から約1年後、

右手の指の先がしびれるようになりました。

さらに1年後、右肩甲骨の辺りに痛みがきました。

そのうち、マイナスドライバーでえぐられるような痛みで

日常生活もできない状態になりまして、接骨院でレントゲンを撮ったら

「首のヘルニア」と診断されたのです。

原因は、年齢や登山の荷物運搬などいろいろですが、

引き金は「雪崩のときのムチウチだろう」とのことでした。

処方された薬で、痛みは一時的にとれました。

でも、飲むと視界がゆらゆらして、歩くとフラフラで、ろれつが回らなくて、

目つきもおかしくなる。それほど強烈な薬でした。

ヘロヘロでも仕事は休まずに行きましたが、薬が切れると痛くて、

しんどいからどうしてもお酒を飲みますよね(笑い)。

お酒と薬で落ちるように寝ることが日常になり、

常に事務所スタッフに面倒をかける日々でした。

治療を模索していくつも病院へ行きましたが、

どこへ行っても「手術しなければ治らない」と言われました。

しかもその手術は、喉の前からメスを入れて変形した骨を切り取り、

腰の骨を切り出してそこへ入れるというもの。

「半年間は山には行けない」と言われました。

なかなか決心がつかないまま2年近くがたち、精神的にも壊れかけ、

いよいよなんとかしなければと思った頃、

通い始めたスポーツジムのトレーナーから

「首と腰のヘルニアを内視鏡で手術する専門医がいる」と教えてもらいました。

それが徳島大学整形外科の西良浩一先生です。

聞けば、何人もの有名なアスリートの

ヘルニアを内視鏡手術で治している先生でした。

ボクが「来年ヒマラヤに登りたい」と言うと、

「じゃ、すぐやろう!」と言うのです。それが2016年の夏でした。

手術は、内視鏡で神経が当たる部分の骨を削るというもの。

要は脊椎に穴を開けるわけです。

一歩間違えば半身不随になる難しい手術とのことでしたが、

西良先生は「大丈夫。来年にはヒマラヤに行けます」と飄々と言ってくれたので、

直感で信頼してお任せすることにしたんです。

■退院2日後に富士山へ

手術は全身麻酔で4~5時間。傷はわずかで痛みも少なく、

2日後には自分でトイレに行け、1週間もするとリハビリ室で

軽いトレーニングができるようになりました。

と同時に、主治医がうちわを手にボクの病室に来て、

「阿波踊りの練習をしよう」と言い出しました。さすが徳島だと思いましたね。

それがまた真剣で、手術から10日後、

退院を迎えたとき本当に阿波踊りに参加しましたよ(笑い)。

さらに、退院して2日後には富士登山に出発しました。

熊本の被災地の子供たちとの約束だったので、

「せめて行けるところまで」という気持ちでした。

医師からは「絶対に転ぶな」と言われたので緊張しましたけど、

結局、山頂まで行っちゃいました(笑い)。

ヒマラヤへ行ったのは今年の春。それまでに50回以上も登ってきた山ですが、

2年間のブランクは初めてです。不安でしたし、

いざ登ってみるとこれまで当たり前にやっていたことにあたふたしちゃって……。

でも、その感じが初心に戻ったような新鮮さで、

「不安ってのは楽しいものだな」と思いました。

日常生活もできなくて「山は終わった」と思った時期もありました。

「山で死ぬことはないからそれもいいな」と考えたことも確かです。

でも、「山をやめたら何も残らないし、何も残らないのも怖い。

どうであれ怖いなら山を続けよう」と思い至って今があります。

入院の時間というのは病気にもよるし、人にもよると思いますけど、

考えようによってはぜいたくな時間だと思います。自分と向き合えるし、謙虚にもなれる。まあ、謙虚さはそう長くは続きませんけどね(笑い)。

▽のぐち・けん 1973年、米国生まれ。

16歳のとき植村直己さんの著書に感銘を受け、登山を始める。

25歳で7大陸最高峰世界最年少登頂記録を樹立。

その後は、エベレストや富士山の清掃登山を実践し環境教育を広める活動に力を注ぐ。

2013年に「野口健が見た世界 写真集」出版、

2015年に「ヒマラヤ大震災基金」設立、

翌年は「熊本地震テントプロジェクト」を立ち上げ現地で活動するなど、

被災地支援にも尽力している。

⑥まとめ

初心者

野口健さんについて良く知ることができました。

イモトさんへの苦言についても苦労してきた経験

から言えることもあるのですね。

まやまブログ

イモトさんは現在女優としても活躍してるので

とても忙しくて山どころではなさそうです。

初心者

下町ロケット観てました。

主演の阿部寛をはじめ、竹内涼真や土屋太鳳ら

前作から引き続き登場する豪華キャストも話題でしたが、

下町ロケット2から主演されましたね。

まやまブログ

とても人気のあるドラマですよね。

僕としてはまた登山部で海外の山に挑戦して、

視聴者を楽しませてくれることを期待してます。

【出典元】
極論を言えば、イモトアヤコの登山も『ヘリコプターなどを使用していたのでは』と言われかねない」(別の日テレ関係者)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181109-00000005-tospoweb-ent

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